『こころ』の栄養学 第11回~15回

第11回 筋力が発達するように「能力」も発達する

伸び盛りっていいですね。昨日までできなかったことが今日はできるようになる、というのが伸び盛り。昨日までできなかった「でんぐり返し」が今日できるようになったり、昨日までできなかった「割り算」が今日はできるようになる、それが発達です。子育てをしているとこうした日々の子どもの変化が見えてきますし喜びもまた一段深くなります。 

子どもの発達をちょっと見てみましょう。生まれて間もなくのお子さんもお腹がすくと泣きます。するとお母さんが飛んできて「お腹がすいたの?」といいながらおっぱいを差し出してくれます。お母さんの声を聞き分け(聴覚)まだ目の見えない子でもおっぱいのにおいをかぎわけ(嗅覚)、おっぱいに唇をあてて乳首を探り(触覚)、乳首を探し当てると勢いよく吸いおいしそうに(味覚)飲みます。目が見えるようになれば(視覚)そのときしげしげとお母さんの顔を見てにんまりと笑い、手足を動かして(筋力)喜びを身体中で表すようになる(脳力)でしょう。

次の図(1、2、3)を見てください。このように脳は大きく3つに分かれます。3つのうちのひとつ「大脳(図1)」には3つの働きがあります。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、皮膚覚(触覚)からの情報は「①情報キャッチの脳」に伝えられ、そのキャッチされた情報は「②情報処理・加工の脳」で記憶などと照らし合わせて認識し理解します。認識や理解が進むと「③情報発信の脳」に伝えられ、頷いたり手振りや身振りあるいは言葉で理解の度合いを伝えます。人と接していると脳は大働き、「脳力」を発達させるのはお母さんでありお父さんであり、まわりの人なのです。テレビなども情報は伝えてくれますが、こちらが喜んでも相手はそれに応えてくれません。つまり双方向ではないのです。目の前の「生きた人間」こそが「脳力」を育てます。

 図1 大脳   図2 大脳辺縁系   図3 脳幹

第12回 筋力は年齢とともに衰え、「脳力」も衰えます。でも

そう、確かに年齢とともに筋力は衰えます。衰えを早めるか遅くするかは努力次第とも言えますが、衰えていくことを防げません。スポーツマンが引退を考えるときは、これまでのようにからだが動かなくなったときだといいます。あのイチローも、とうとう年間200本の安打が打てなかったのです。それがスポーツマンの宿命でしょう。

では、こころの方はどうでしょうか。こころは脳でできるとたびたびお伝えしましたから、脳が衰えるとこころも衰えるとお考えになるのが当然です。その通りといいたいところですが、「でも」なのです。確かに脳が衰えると、情報をキャッチする能力も落ちますからしっかり見たようでも見落としがあったり、確かに聞いたと思っても「忘れたり」します。じつは味覚も悪くなり嗅覚も衰えますから料理する味も落ちてしまうのです。このように明らかに脳の機能は落ちていくのですが、「脳力」が落ちるとは限らないのです。そこが面白いところ。

 まず筋力と同じように、その力を落とさないようにひたすら“訓練”を重ねると「脳力」も衰えがゆっくりくるようになります。それでも筋力が衰えるようにただ“訓練”を重ねるだけでは、やはり「脳力」は衰えます。そこで「ウルトラC」、ものごとを理解するパターンや行動するパターンを変えてみるのです。電話番号を覚えるときに頭から数字を覚えることができた「脳力」は衰えますが、これを「ドレミ」に変えて覚えると案外覚えやすくなるというのがそれです。さらなる「ウルトラC」については次回からに。

第13回 衰えを緩やかにする、そこが「ミソ」

 「ウルトラC」とはいうものの、それなりに基本を踏まえて考えなければいけません。筋力の衰えも「年だからしかたがない」と放っておけば衰えるばかり。だから筋力の衰えを感じた人は歩数計をもって歩いたり、プールの壁に沿って水をかき分けかき分け歩いたりするのです。じつはそこが「ミソ」。大切なことは「衰えを緩やかにする」ことなのです。筋力の衰えを緩やかにするように、「脳力」の衰えも緩やかにするのです。

 前回お伝えしましたように、力を落とさないようにひたすら“訓練”を重ねると筋力が落ちるのは確かに緩やかになるのですが、それをそのまま「脳力」に当てはめることはできません。なぜなら「ひたすら“訓練”」をするといってもやる気を失わせることがあると訓練にならなくなるからです。つまり“やる気を起こさせる”訓練が必要だということです。筋力を衰えさせないときの“訓練”では、○㎏の鉄アレーを上下させていたのが△㎏を上下させられるようになったというように、やる気を起こさせる目標が設定しやすいのですが「脳力」のときにはそれがなかなか設定できません。「脳力」のなかでも記憶のように数値目標をつくりやすいものもありますが機械的になりやすいので楽しめません。

 じつは「脳力」は総合力なので、機械的な記憶が高まっても日常生活に反映するとは限らないのです。国会議員の方にはかなり高齢の方も居られ、いきいきとしておられます。学ぶべきものはこのように自分のまわりにいる高齢者の生きざまのようです。今回の「ウルトラC」は、楽しく生きるということにしておきましょう。

第14回こころの衰えを緩やかにする「こころの栄養“学”」

私も研究者の端くれ、こころの衰えを緩やかにするためになにが必要なのかを一生懸命に考えてきました。そのヒントは「子育て」にありました。子どものこころがどのように育つかを考えているうちに、お年寄りのこころを衰えさせないヒントが隠されていることに気づいたのです。このシリーズではじめの方に「こころは誰も見たことがないが、かたちにすると“こんな”」ということで、3回ほど目に触れるようにしました。そのエキスは再現します。

まず、こころは三角錐でできているといいました。三角錐の3つの斜面は「知」「情」「意」、底面は「自分らしさ」。こころが豊というのはこの三角錐が大きいこと、こころが真っ直ぐというのはの斜面の大きさが同じというようにいいました。底面の「自分らしさ」がしっかりと広がっていないとこころがぐらぐら、他人のいうことを聞くいい人かもしれないが自分をもっていないから破綻しやすい、ともいいました。さらに人間関係では自分よりも年下といかにつきあったかが大切で、そこでセルフコントロールを学んだかどうかともいいました。

「こころの栄養“学”」のヒントは子育てにあったのです。子どものこころをどのように育てるかということとこころの衰えをどのように防ぐのかは「表と裏」の関係であり、こころへの刺激、それも心地よい刺激こそがこころを育て、こころを老いさせないもとだと考えたのです。「なーんだ」といわないでください。「こころの栄養“学”」はここがスタートでありゴールなのです。

第15回 脳に刺激を与える

こころのおおもとは「脳」なのですから、脳に栄養を与えることが重要です。もちろんそれは生理学的な面からいえば血液が運んでくれるブドウ糖やミネラルが物質としての脳の栄養になります。でも「脳力」の脳にはこうした生理的な栄養ではなく、人と人とがつきあうことによって受ける「刺激」が、脳の活性化をもたらします。

 もともと脳は、神経細胞の塊、130億ともいわれる神経細胞が絡み合い互いに情報を伝えあい、ときには情報を伝えないというスイッチ機能が働くことで情報拡散が防げるというじつに精密な機能を持っている器官です。以前にも申しましたが、せいぜいわかっているのはここまでで、なぜその働きが「こころ」になるのかは全くわかっていません。ただ、脳にとって刺激になるのは単純な機械的な刺激ではなく、人間関係からくる複雑かつ瞬時に判断しなければならない刺激が脳を活性化すると考えられます。

 それは子どものこころの発達を見ていると理解できますが、それをそのまま高齢者のこころの衰えを防ぐために応用しようというのです。五感(視・聴・嗅・味・皮膚覚)を通じてくる“物理的”刺激を情報源として、“心理的”刺激(記憶・認知・理解・判断)に変え、“社会的”刺激としての行動(言葉や手足の動き)に変えるという一連の操作を、より活発にするには、人が与える刺激が最も複雑多様で有効なものと言えます。衰えかけた「脳力」を回復させるには、こうした一連の刺激をどのように高齢者の与えるかが重要になると思います。